ソーホー・ストリンガー
ガットを張る上での失敗は、結果として張り上がったラケットにその痕跡を残します。
ここではその痕跡をご紹介することにより、自分でガットを張らないみなさんが、いつもお世話になっているストリンガーは大丈夫かどうか、判断の材料にしてみてください。ご存じの方は多いでしょうが、同一ガット・同一テンションでも、その張り上げ方によって、ボールの飛びや打感が全く違ってくるものです。もし仮に、全く同じラケット・同じガットを使用し、張り方だけ変えた2本のラケットを使用して試打すれば、どなたでもその違いを感じることができることでしょう。
【悪い ストリンガーの例】
切り口が鋭いと危険です。硬い材質のガットの場合ここでボールを打ったらパンクしてしまいます。
× ○
グロメット(ガットとフレームの間の、プラスチックの部品)を痛めていますので、ダメージが大きいと、次回張るときにはフレームを痛めてしまうことになります。
また、穴にめり込んでいるということは、結ぶために正しい方向に糸を引っ張っていないことですので、軸になる糸を痛めている上に、テンションをロスしている可能性も大です。
結び目でカットする際の余長が短すぎたり、締め方が不十分だった場合に起こり得ます。
こうなってしまった場合、明らかにストリンガーのミスですので、それを張った店に持っていって、無料で張りなおしてもらいましょう。それに応じてくれない店は、以後利用しない方がよいでしょう。しかし、張り上げてから1カ月以上たつものはその限りではありません。
短すぎる
縦のガットと横のガットは、常に交互に目が上下していますが、ストリンガーのちょっとしたミスで、その目が2本跳びになってしまう場合があります。ちゃんとしたストリンガーは実際に目跳ばししてしまっても、仕上げの時にそうなっていないか確認しますので、目跳ばししたラケットをお客さんに渡すストリンガーは、チェックもしていないということです。もし目跳ばしを見つけたら有無をいわせず、無料で張りなおしてもらいましょう。
ちなみにフレーム近辺の目跳ばしは、プレーにほとんど影響しませんので、張りなおしを依頼する必要はありませんが、スポット近辺の目跳ばしは、ボールの食いつきに大きく影響します。
タイオフ(ガットの張り終わりに結び留めること)に失敗すると、最後の1本のガットが緩んでしまいます。
ストリンガーがタイオフを行う際には、目打ち(千枚通しのような工具)を使用して仮止めしたり、最後の1本のテンションが緩むであろう分だけあらかじめ強いテンションをかけて、それが緩むのを防止しています。ストリンガーの技量が問われる仕事の1つです。
試してみてください。張り上がったラケットの、ノットに直結した一番端の1本を指でずらしてみて、他の糸に比べて異常に緩いようだったら、それはきっとタイオフに失敗しています。◎補足
一番端の1本は、片隣には、ガットが通っていないため、テンションがロスしていなくても緩いように感じます。タイオフに失敗しているのは、かなりゆるゆるの場合です。
目打ち
指でずらしてチェック
その部分で、ガットが切れてしまう可能性があります。また、ガットが直接フレームに触れてしまうとフレームを痛めます。普通そういう部分には、補強チューブを入れて応急処置をします。
しかし、このようなグロメットは、なるべく新しいものに交換した方がよいでしょう。
ガットがフレームに当たっている 補強チューブ
横糸を張るとき、端から順に張っていくと、今張っているガットの隣には直前に張ったガットがあり、反対側にはまだガットが通っていません。従って何もせずに横糸を引っ張った場合、まだガットの通っていない側に少したわんでしまいます。このような状態のまま仕上げられたものは、それが真っ直ぐな状態に戻された場合、その分テンションが下がってしまいます。
ちゃんとしたストリンガーは、こうならないために、セッティング・オールを使用して、引っ張っている最中に調整を行っています。また、それを行っても微妙なたわみは残りますので、最後に全ての横糸の調整を行います。
横糸が下にたわんでいる
セッティング・オール
横糸を張るとき、通したガットを端まで手繰りきる必要がありますが、その際、ただガットを手繰りとるだけでは、縦糸と常に同じ部分か擦れ、道がついて、傷が付いてしまいます。
ちゃんとしたストリンガーは、こうならないために、常にオールで横糸を上下にずらしながら、手繰りとっています。
クランプ
ガットを張る際には、1本1本テンションをかける際に、次の1本に移るまでの間、クランプという道具を使用し、フレーム際でガットを挟んでいますが、そのクランプの挟む力が強すぎるとガットに溝がついてしまいます。この溝の部分で切れてしまう可能性があります。
普通のラケットは、縦糸のセンターから張りはじめますが、その1本目を張るときにクランプで挟んだガットが滑ってずれてしまい安く、挟む力が強くなりがちです。
ちゃんとしたストリンガーは、ただ挟む力を強くするのでは、ガットにダメージを与えてしまうので、挟む面をきれいに掃除して摩擦力を上げたり、クランプとガットの間に薄いボール紙を挟んだりして滑らないようにしています。
指でなでてみる
試してみてください。張り上がったガットのフレーム際のところを軽く指でなでてみて、くっきり溝ができているようでしたら、その可能性大です。(最近流行のポリエステルガットは、材質が硬いため普通に挟んでも跡が残ります。)
マルチフィラメント構造の TEC-6000 や TEC-6300 などは、この原因で切れることが多いですのでご注意ください。ハードヒッターの場合、先端で強打しただけで切れてしまう場合もあります。
ガットをクランプで挟む時、極力フレームに近いところで挟んだ方が狂いが少ないのですが、あまりフレームに近づけすぎると、接触して傷を付けてしまいます。
しかし、これはよい仕事をしようとする結果の現れですから、大目に見てあげてください。私は、人から預かったラケットでは気を使いますが、自分のラケットを張る際には、傷など気にせずに張っています。
クランプの近づけすぎにより傷が付く
もし仮に、手を抜いて張り上げ時間を短縮したいと考えているストリンガーがいるなら、この方法が一番です。なぜなら、見た目で判断できる痕跡が残らないからです。工賃の異常に安いショップの場合、これを行っている可能性は大です。
ちゃんとしたストリンガーは、縦糸1本1本に張力をかけて張っていきます。手を抜いて2本ずつ張っていけば、半分の手間で済むわけです。ラケットの向きを毎回 180度回転させる手間も省けます。
2本ずつ張っても、その2本の張力は同一にすることが可能です。2本ずつ張ると打感が良くないことだけは確かです。それではなぜこれでは良くないのでしょう?
これは私の推測ですが、2本のガットを一気に引っ張ったのでは、直接引っ張られたガットと、一旦フレームを通ってから引っ張られたガットで、引っ張られ方が違うわけですから、結果として弾力に違いが出てくることでしょう。つまり張り上がったラケットは、2種類の弾力の違うガットが交互に張ってあるという結果になってしまうのだと思います。
先ほど言ったように、これは仕上がりを見た目で判断するのは困難**ですから、「どうも打感が良くない」とか、「手を抜かれているんじゃないか?」と心配な人は、ストリンガーに直接
「縦糸は、1本1本張力をかけてください」
と依頼しましょう。
見た目で判断するのは困難**...縦糸のグリップ側にも先端側にもクランプで挟んだ跡がうっすら残っていれば、1本ずつ引っ張っています。片側にだけ跡が残っているのなら、確実に手抜きです。しかし、跡が残っているということは、挟む力が強すぎるかもしれませんのでご注意を。
【良い ストリンガーの例】
ここで、"良い" というのは、まともなという意味ではなく、プラスアルファのサービスをしているストリンガーのことです
打感には全く関係ありませんが、
「いい仕事してますねー」
というにふさわしいストリンガーですね。私はこういうストリンガーを尊敬します。こういう人が利益重視の仕上げをするはずがありません。
プレーヤーの好みやプレースタイルによって、張り方を考慮してくれる人は、ストリンガーの鏡と呼ぶにふさわしい人です。このようなストリンガーとは末永くつきあいましょう。
ラケットに一旦張られたガットは、張り上げた直後から伸び続けます。張り上げ直後から3日目までが伸び方が大きく、その延びはガットの種類にもよりますが、約3カ月でほぼ終了します。つまりここまでがガットの寿命です。
ところで、伸び方の大きい3日目までの間の打感は非常に良く、マグロに例えれば大トロです。一週間くらいは中トロです。3カ月までが赤身です。もしあるショップが仕上げ日の1週間前にラケットを預かり、預かったその日に張り上げてしまったとすると、大トロと中トロを捨てて、赤身だけをお客さんに渡しているようなものです。
私は個人的に、張りあがった直後のガットでテニスをすることを「ガットの躍り食い」と呼んでいます。非常に打感がよく、まさにガットが生きているという感じがします。打っている最中に打感が変化するので、プロ選手の場合一晩寝かせてから使う選手の方が多いそうです。ピート・サンプラス選手が全く使用していないガットでも翌日には切って張り替えてしまうのは、「ガットの躍り食い」をしたいからです。
ラケットのフレームというのは、薄い上に穴が開いているため意外にもろいものです。もし仮に、グロメットを着けずに、フレームの穴に直接ガットを張ったとしたら、簡単に壊れてしまいます。(フレーム自体が丈夫なラケットもあります) そうならないようにしているのがグロメットの役目なのです。
グロメットは、ぶつけたときの衝撃や、ガットから受ける強烈な圧力によって、かなり消耗します。そのようなグロメットを使い続けると、当然フレームを痛めてしまいます。特にゲージの細いガットはグロメットへのダメージが大きいです。グロメットの消耗度はプレーヤーにはなかなかわからない部分もありますので、その換え時を所有者にアドバイスするのもストリンガーの役目です。
もしあなたが、ショップの人に「このグロメット、もう交換した方がいいですよ」と言われたら、押し売りだと思わずに、素直に交換してください。
頻繁にガットを切る選手にとっては、1本にかかるガット代が低く抑えられるので、とてもありがたいサービスですね。ショップにとっては、ガットの売り上げこそ低くなるかもしれませんが、固定客がつくという意味で、トータル的な利益は大きくなるのではないでしょうか?(大々的に宣伝しているところでは、「コーチの店」が有名ですね)
実際にかけるテンションと、張り上がった後の面のテンションは必ずしも一致しません。例えば、ProStuff 85 にナイロンガットの場合、縦糸 = 60-Pound で張ったとすると、Gammaの測定器で測定した場合、張り上がり直後の面のテンション = 70-Pound 位に張り上がります。(半日置くと 5-Pound 位減衰し、1週間くらい使用すると、その後数日間、60-Pound 位でしばらく安定します。その後の1カ月間で、あと 10-Pound 位減衰します。) また、ガットの種類によっても、その張り上がりの面のテンションと減衰度は変わってきます。ナチュラル・ガットの場合、実際にかけるテンションと、張り上がった後の面のテンションがそれほど離れず、その分減衰も少なくなります。ですから、どのラケットに、どんな種類のガットを、どのくらいのテンションで張ったら、面のテンションはこのくらいになったというデータの統計を取っておくことが重要です。なぜなら、例えば、フェース面積が 90 のラケットにナイロンガットを張り、フェース面積が 110 のラケットにナチュラル・ガットを張りたいお客さんに、「この2本同じテンションに仕上げてください。」と依頼された場合、データの統計をとっていなければ、対処のしようがないからです。
同じガット、同じ張り機、同じテンションで2人のストリンガーがガットを張り上げても、打感は微妙に違ってきます。ストリンガー一人一人に癖があるからです。もしあなたの張り上がったラケットのラベルに担当したストリンガーの名前が記名してあるのでしたら、可能なら次回も同じ人に張ってもらいましょう。
ところが、安い工賃で大量の本数を仕上げなければならないショップでは、なかなかそうすることは難しいでしょう。したがって名前を明記しているショップも少ないと思います。
このような個人差が出ないように、こだわりの強いプロの選手は、専属のストリンガーを伴ってツアーを廻っています。
また、世界 No.1 のマルチナ・ヒンギスのガットを張っているのは、何を隠そうそのお母さんだそうです。自分のプレーを一番わかってくれている人が張るガットは、世界一のストリンガーにも勝ると言えるのではないでしょうか?
グロメットは、当然のことながらガットを張り替えるときにしか交換することができません。しかしガットはある日突然切れます。そのときグロメットもちょうど交換時期だったとします。もし、そのショップに自分のラケット用のグロメットが在庫してなければ、仕入れる間張るのを待つか、次回切れるまで、交換時期を過ぎたグロメットを使い続けるかの選択を強いられてしまいます。
ちゃんとグロメットを在庫しているショップでは、そんな心配は無しに、同時に交換してくれるのでありがたいことです。